大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)111号 判決

原告主張の点等において審決を取り消すべき理由があるかどうかについて検討する。

(一) 審決の判断(審決理由の要旨)2の(1)について。

審決は、右の点において判断を誤つたものとみるのが相当であり、その理由は、後記1ないし7のとおり補充するほか、原告主張の請求原因(三)の1の(1)(ただし、末項の「また、」以下の仮定的主張を除く。なお、原告が主張事実の根拠として指摘する甲第二号証の成立については当事者間に争いがない。)記載のとおりと認められる。

1 当事者間に争いのない前記一の事実、いずれもその成立に争いのない甲第二、三号証及び甲第四号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、つぎの事実が認められる。すなわち、本願の明細書・図面の記載内容を精査してみると、まず、その特許請求の範囲の記載は審決が認定したとおり、

(a) 65:35~40:60のモル比で固容体のジルコン酸鉛とチタン酸鉛とから本質的に成り

(b) 0.1―1.5重量パーセントの酸化クロムの添加にモル基準で相当する量の、クロムとウランの中の少なくとも一つの元素と、

(c) 0.05―0.8重量パーセントの酸化マンガンの添加にモル基準で相当する量のマンガンと、

(d) 0.1―1.0重量パーセントの酸化第二鉄の添加にモル基準で相当する量の鉄と、

(e) 必要ならば20原子パーセントまでの鉛の置換体としてストロンチウムとマグネシウムの中の少なくとも一つのアルカリ土類金属

(f) とを含んでいることを特徴とした強誘電性セラミツク組成物

(ただし、右(a)~(f)は、便宜上、本判決において付したものである。)

というものであることが認められる。

そして、右特許請求の範囲によれば、本願発明は、

(a) 「65:35~40‥60のモル比で固溶体のジルコン酸鉛とチタン酸鉛とから本質的に成り」

を必須の構成要件の一つとするものであつて、この文言によつて、(f)にいう強誘電性セラミツク組成物の主成分の組成について規定するとともに、さらに必須の構成要件(b)ないし(e)によつて、この主成分に対して微量に添加されるべき添加物の種類とその量を規定しているとみることができる。

ところで、特許法第三六条第五項の規定するところによれば、特許出願の明細書の作成に際しては、その特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項(いわゆる必須の構成要件)のみを記載すべきであり、また、その出願発明について特許権が付与されたときには、特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲に基づいて定めるべき旨、特許法第七〇条に規定されているのであるから、結局、本願明細書の場合に、その特許請求の範囲の文言それ自体からすれば、本願発明の強誘電性セラミツク組成分の主成分が、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛の二元系のみに限られていることはきわめて明白であり、これらのいずれか一方を欠如したものはもはや本願発明の主成分となりえず、また、これらのほかにはいかなる物質(例えば錫酸鉛)も主成分として含まれることはない。

2 つぎに、前記甲第二、三号証及び第四号証の一、二により、本願明細書発明の詳細な説明及び図面を検討すると、審決において指摘された明細書の記載事項を重要視する限りは、被告主張のように、本願発明の強誘電性セラミツク組成物の主成分は、構成要件(a)に規定する二元系のもののみならず、さらに、チタン酸鉛と錫酸鉛の二元系に属するもの及びジルコン酸鉛―チタン酸鉛―錫酸鉛の三元系に属するものをも含むようにみられないでもないが、前記特許請求の範囲に明記されたとおりのものと認められる本願発明の要旨を念頭に置きつつ、明細書・図面の記載内容を正確に理解しようとするならば、その不適切な表現などに左右されることなしに、本願発明の要旨に対して、具体的な実施例をもつてする裏付けを、発明の詳細な説明及び図面の記載中に見いだすことができるのであつて、その理由の詳細、ことに、根拠となる明細書の記載事項は、原告の前記主張中にみられるとおりである。

3 以上のように、本願明細書・図面の記載は、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛以外の二元系のもの及びこれら両物質を含む三元系のものは、本願発明の強誘電性セラミツク組成物における主成分でない旨について、発明の詳細な説明に明文をもつて示されていない点で、明細書の記載として完ぺきなものといえないけれども、そうであるからといつて、特許請求の範囲の文言上、主成分がジルコン酸鉛とチタン酸鉛の二元系に属するもののみであることは、前記のようにきわめて明瞭であり、かつ、発明の詳細な説明には、発明の要旨と直接関わりのない参考的な記述や、余分とも思える記載などが若干含まれているにせよ、少なくとも、特許請求の範囲に対する裏付けをなす具体的実施例はそこに充分に開示されているから、結局のところ、明細書の記載における右の不完全さが、本願発明の実施を困難ならしめる程の重大な不備に該当するとは到底考えられず、したがつて、本願発明の要旨から他の主成分を除外すべき根拠はないとする被告の主張は、明らかに失当である。

4 被告は、本願発明の強誘電性セラミツク組成物の用途は電気機械的ウエーブフイルタのみにあるのではなく、これは種々の一般的な電気機械変換器としての用途に適用されるものであり、したがつて、本願発明の目的は、とくに機械的なQの高い圧電セラミツク物質を提供することにある旨主張するが、本願の明細書(前記甲第二号証。以下同じ。)の記載に徴して明らかなように、本願発明の用途、目的は被告のいうとおりであり、原告もまた、それと同様の認識に立つてその主張を展開しているとみられるから、用途や目的を取り上げての被告の主張は、前記判断に何らの影響も及ぼすものではない。

5 被告は、本願明細書の発明の詳細な説明における本願発明の実施例に関する記載について、「他の二元系、三元系についても主成分であることを示す多くの記載があるにもかかわらず、これを排して特に原告主張の二元系のみが本願発明の主成分であるとすべき根拠となる記載はなされていない。」と主張し、その理由として、とくに明細書第一七、一八頁の表について、「添加物による効果は示しているとしても、この表には、主成分については原告主張の二元系のみが示され、他の二元系、三元系主成分との対比は示されていないのであるから、……この主成分のみが他の主成分を排して本願発明における主成分となることが明らかであるということには、右の表によつてはなりえないのである。」と述べている。しかしながら、前記のとおり、本願の発明の詳細な説明の記載では、本願発明の主成分がジルコン酸鉛とチタン酸鉛の二元系のみである旨を、特に限定的に明示していないことは認められるが、特許請求の範囲に記載された本願発明の要旨並びにとくに明細書第四頁第四行ないし第七行の記載「本発明の目的は機械的なQの高い新規な圧電セラミツク物質をつくることである。本発明の別の目的は電気ウエーブフイルタ用の改良したセラミツク圧電物質をつくることである。」に示される本願発明の目的を中心に置きつつ、明細書・図面全般の記載を精査すれば、当業者において、右の表が意味する技術内容は、つぎのとおりであると理解するに難くないとみるのが相当である。

すなわち、本願発明は、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛を主成分とするセラミツク組成物(例えば、成立に争いのない甲第九号証に示されている、いわゆるPZT)の改良に関するものであつて、構成要件(c)として明示されているように、この種セラミツク組成物に添加される添加物の一つとして、とくに酸化マンガン〇・〇五~〇・八重量%に相当する量のマンガンを選んだ点にその特徴があり、このことによつて、電気機械的変換器に必要とされる諸特性がすべて良好であることに加え、ことに、きわめて高い機械的なQ(Qm)を有するこの種セラミツク組成物の提供を可能ならしめたものであり、これはまた、明細書中における、マンガンを添加物に選んだ理由についての説明、「第3図のABCD内の……本発明によりマンガンを加えて変性して機械的Qを高める。」(甲第二号証第四頁第八ないし第一一行)、「酸化マンガンの場合、この添加物は〇・〇五~〇・八重量パーセントの範囲に限定されているが、その主な理由は下限では〇・〇五重量パーセントで改善が認められたが、〇・八重量パーセント以上になるとセラミツクに悪い影響を与え、%Dを望ましくない大きさにする。」(甲第二号証第七頁第三ないし第八行)、「強誘電性物質の調製中マンガン化合物の添加により基本的な組成物を変性する。種々のマンガン化合物を使用できるけれども、酸化マンガンMnO2、過マンガン酸カリウムKMnO4、炭酸マンガンMnCO3、酢酸マンガンMn(C2H3O2)2:4H2Oが特に適当であり、そして好ましい添加化合物である。最終組成物はMnO2の約〇・〇五~〇・八重量パーセントの添加にモル基準で相当する量のマンガンを含んでいるのが好ましい。」(甲第二号証第一二頁第五ないし第一三行)などの技術内容とも、よく整合することが明らかである。

以下、明細書第一七、一八頁の表が具体的にいかなる事実を示しているかについて考察する。なお、この表は、本願発明のセラミツク組成物の例とそれの物理的、電気的および電気機械的特性を示すものであつて(甲第二号証第一五頁第一三、一四行)、そこで採り上げた諸特性、Kp(プラナー圧電結合係数)、K(比誘電率)、%D(散逸誘電損)、Qm及びΔQm(Qmは機械的な質の系数、ΔQmは-40℃―-85℃の温度範囲におけるQmの%の変化)などは、明細書中(甲第二号証第一五、一六頁)に定義がなされている。

(一) 同表には、マンガンを含まない対比組成物がO1、O2、O3、O4、O5で示されているので(甲第二号証第一六頁第八、九行)、まず、これらの各対比組成とそれに対応する試料番号のものとを、逐一比較する。

試料番号1とその対比組成O1をみると、前者は、さらに〇・四六重量%のKMnO4が添加されている点でのみ、後者とその組成が異なるものであるが、Kpは後者よりもやや増加、Kは同じ、%Dはわずかに低減となつているので、これらに関する限り、両者は大同小異といえる。しかるに、本願発明においてとくにそれの増大を目指しているQmは、右のKMnO4添加により、二三一から三七二へと、60%も増加していることが認められる。

試料番号2とその対比組成O2をみると、前者は〇・四六重量%のKMnO4を添加した点でのみ後者と組成が異なるもので、Kpは全く同じく、Kはほとんど同じ、%Dはやや低減、ΔQm全く同じであるが、Qmは右のKMnO4添加により、一・四七〇から一・九〇七へと、29%の増加が認められる。

試料番号3と対比組成O3をみると、前者は四〇重量%のKMnO4添加の点でのみ、後者とその組成を異にするもので、後者よりもKpはやや低下、Kはやや増加、%Dはやや増加であるが、Qmは一・二六八から二・〇一一へと、58%も増大している。

試料番号5とその対比組成O4をみると、前者は、〇・一重量%のMnO2添加の点でのみ、後者とその組成を異にし、Kpは後者よりわずかに減、Kはやや増加、%Dは21%も減少(ただし、数値自体は、一・八五で、かなり大)となつており、Qmも21%も減少、ただし、数値自体は一五〇できわめて大である。ところが、Qmは五三五から五二〇へと、逆に2%小になつている。

最後に、試料番号8とその対比組成O5をみると、前者は、〇・二〇重量%のMnO2添加の点のみで、後者と組成を異にするが、この結果、前者のKpはやや大、Kもやや大、%Dはやや低減、ΔQmは不変である。そして、Qmは右のMnO2添加により、一・八七〇から二・〇三〇へと、約9%増加している。(この増加率はそれ程大きいとはいえないけれども、二・〇三〇という数値自体は、きわめて大きいということができる。)

この表に示す試料のうち、本願発明の実施例に該当するものは、試料番号2、3、8の三つである。しかし、以上の対比を通じてみれば、本願発明の要旨に含まれるもの、すなわち、その実施例であると否とにかかわらず、とにかく、いわゆるジルコンチタン酸鉛(PZT)セラミツクスでは、添加物として適量のMnを含ませたことにより、Qmがかなり増加するという一般的な傾向があるということができる。

(二) 明細書第一七、一八頁の表において本願発明の実施例である試料番号2、3及び8の各試料と、対比組成を含むその他の試料とを比較すると、本願発明にとつて最も重要な特性たるQmについては、他の試料では試料番号O5の対比組成によつて得られた一・八七〇を最高とし、以下、試料番号O1の対比組成が示す二三一に至るまで分布しているが、これに対して、本願発明の実施例たる試料番号2では一・九〇七、同3では二・〇一一、同8では二・〇三〇であるから、本願発明の実施例は、三者ともにQmが格段に大きいことが判る。それでいて、爾余の諸特性については、これら全体の平均的な値を保つている。それ故、電気機械変換器とくに電気ウエーブフイルタとしての用途に適するQmの高い強誘電性セラミツク組成を提供するという、本願発明の目的は、これらの試料番号2・3及び8の実施例によつて充分に達成されているということができる。

ちなみに、右の試料番号2、3及び8の特性を、いずれもその成立に争いのない甲第六ないし甲第一〇号証の各特許公報記載の先行技術(いずれも本願発明と同種のもの、すなわちいわゆるPZT磁器に属する。)の特性と対比してみると、この場合にも前記と同様の帰結が得られることに変りはない。

(三) 明細書第一七、一八頁の表には、試料番号1ないし9及び対比組成である試料番号O1ないしO5の総計14の試料についての実験データが示されているが、これらのうちで、本願発明の実施例に相当するものは、前記のとおり、試料番号2、3及び8の三例にすぎないが、たとえ三例にすぎないとはいえ、これらについてのデータと他の例のそれとの対比を通じて、本願発明の強誘電性セラミツク組成物が、この種のものに要求される特性一般については平均的な水準を保持しつつ、とくに機械的なQ、すなわちQmについては、先行技術よりも格段に優れていること、すでに右(一)、(二)に記載したとおりであるから、右の表は、特許請求の範囲記載の本願発明の要旨に対する充分な裏付けをなすものであつて、この表の示す技術内容からみても、本願発明のセラミツク組成物における主成分が、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛の二元系のもののみであることは容易に理解しうるところである。

以上の(一)ないし(三)をあわせ考えると、結局、被告の前記主張は、明細書第一七、一八頁の表の実験データが意味する技術内容についての誤つた理解を前提にしたものであつて、採用することができない。

6 続いて、被告は、「特許請求の範囲に記載された一種類のみが本願発明の構成上不可欠の主成分であつて、他の二種類については不可欠でないことが明らかにされているべきであるにもかかわらず、そうでない本願明細書の記載は特許法第三六条の規定に違反するを免れない。特許を請求する発明の選択の適否と、明細書の記載の完・不完とは、別個の問題であつて、発明の選択が許されることのみをもつて、明細書の記載不備がそのままで治癒され、完備されたことになるべき筋合のものではない。」と主張する。

この主張が誤りであることは、前記の5からも明白であるが、なお、念のため、付言する。

本願明細書発明の詳細な説明には、本願発明の主要な構成要件(a)に規定される二元系のものを主成分とする強誘電性セラミツク組成物についてのみならず、その他の二種類のものを主成分とするものについても言及されているけれども、特許請求の範囲記載の発明の要旨を思考の中心に置き、かつ、とくに明細書第一七、一八頁の表に示す実験データ、就中、試料番号2、3及び8のものによつて示される本願発明の実施例に注目しつつ、発明の詳細な説明全般を熟読するならば、構成要件(a)の技術的意義、すなわち、本願発明のセラミツク組成物における主成分が(a)に規定されるもののみであることを、正確に理解することができる。

もつとも、被告がきびしく指摘するように、明細書の発明の詳細な説明には構成要件(a)以外のものを主成分としたセラミツク組成物も本願発明のものであるかのような記載があり、この点で、特許請求の範囲の解釈上、多少のあいまいさの存在することは、否定できない。しかしながら、発明の詳細な説明に記載すべき事項が充分に記載されていない場合と、そのように必要な事項は充分に記載したうえで、さらに他の事項まで記載されている場合とでは、発明の詳細な説明の記載の在るべき姿からの隔りにおいて大差がある。すなわち、発明の詳細な説明には、特許請求の範囲記載の構成を要旨とする当該発明について、その目的、具体化した実施例の構成(及び作用)並びに、効果を、当業者が正確に理解し、容易にその発明の実施ができる程度に、過不足なく記載して置かなければならないのであるから、かかる見地からは両者ともに完全無欠ではないといえる。しかし、前者の場合では、その記載不備のために、当該発明の理解と実施が困難ないしは不可能となるのに対し、後者の場合には、そこまでには至らない程度のものにすぎず、前者のごとく致命的な記載不備とはいえないのである。

7 以上のとおり被告の主張は採用できないものに帰着し、結局のところ、審決は、本願明細書特許請求の範囲における、本願発明の主成分を規定する構成要件(a)の文言と発明の詳細な説明における本願発明の主成分についての説明内容との矛盾を捉えて、本願明細書の記載は特許法第三六条第四項、第五項の規定に違背するを免れない、と認定判断したもので誤りといわざるをえない。

(二) 審決の判断(審決理由の要旨)2の(2)について。

審決は、右の点についても判断を誤つたものとみられ、その理由は、後記のとおり附加するほか、原告主張の請求原因(三)の2記載のとおりと認められる。

右の点に関する被告主張の骨子は、本願特許請求の範囲には、構成要件(a)により、その強誘電性セラミツク組成物の主成分たるジルコン酸鉛とチタン酸鉛のモル比範囲について数値限定がなされているにもかかわらず、詳細な説明中には、この数値限定の臨界的意義が全く明らかにされていないから、本願明細書は特許法第三六条第四項、第五項の規定に違背する、というにある。

よつて検討するに、被告は、明細書特許請求の範囲において、或る構成要件を数値限定によつて規定することは、その数値限定にいわゆる臨界的意義がある場合にのみ、許されるべきである、と解しているように思われる。なるほど、例えば新規性、進歩性などの消極的特許要件の存否の判断において、或る発明が数値限定の有無の点についてのみ、比較対象たる公知技術と相違する場合には、その数値限定が特異なものであること、すなわち、その数値限定の範囲の内と外とでは作用効果上、顕著な差異があるという臨界的意義をもつことが特許性を確保するための決め手となる。したがつて、このような場合には、被告のいうように、発明の詳細な説明中に臨界的意義が明記されていなければならない。

しかしながら、数値限定は、必ずしも臨界的意義を有する場合にのみなされるわけではないのであつて、例えば、従来技術の改良に係る発明において、その従来技術それ自体を表わすために、それの名称を用いる代りに、数値限定を用いることも、しばしば行われているところである。本願発明は、まさしくこのような場合に相当する。すなわち、本願の主成分のモル比範囲は決して特異性のあるものではなく、単に、それ自体公知の強誘電性セラミツク組成物を示すにすぎないのである。ジルコン酸鉛とチタン酸鉛のモル比53:47を中心とするものは、本願発明がその添加物に関する改良の前提とした先行技術そのもの(成立に争いのない甲第六号証の二第六欄第二九行ないし第七欄第一二行。前記甲第二号証第六頁第三ないし第六行。)であつて、本願の特許請求の範囲の構成要件(a)では、右のモル比53:47を中心に置き、しかも、本願明細書第一七、一八頁の表の実験データに示された本願発明の実施例、すなわち、試料番号2、3及び8における主成分のモル比44.5:55.5、44.5:55.5及び45:55をその範囲内に含めるように、65:35~40:60という数値限定をもつて、本願発明がいわゆるPZT磁器に属するものであることを示したと解される。

したがつて、本願発明の場合には、主成分のモル比範囲の数値限定についてとくに臨界的意義を明記する必要はないものというべきであるから、これを発明の詳細な説明中に明記しておかなければならないとする被告の主張は失当といわなければならない。

(三) 以上(一)及び(二)に示したとおり審決の判断に誤りがあるところ、それが審決の結論に影響を及ぼすものであることは、前記審決理由の要旨に照して明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきものである。

〔編註〕 本件における審決理由の要旨は左のとおりである。

1 本願発明の明細書(昭和四六年一月二九日付及び昭和五〇年一月一〇日付各手続補正書により補正されたもの。以下同じ。以下「本願明細書」という。)における特許請求の範囲の記載は、つぎのとおりである。「65:35~40:60のモル比で固容体のジルコン酸鉛とチタン酸鉛とから本質的に成り0.1―1.5重量パーセントの酸化クロムの添加にモル基準で相当する量の、クロムとウランの中の少なくとも一つの元素と、0.05―0.8重量パーセントの酸化マンガンの添加にモル基準で相当する量のマンガンと、0.1―1.0重量パーセントの酸化第二鉄の添加にモル基準で相当する量の鉄と、必要ならば20原子パーセントまでの鉛の置換体としてストロンチウムとマグネシウムの中の少なくとも一つのアルカリ土類金属とを含んでいることを特徴とした強誘電性セラミツク組成物」

2 本願明細書の記載は、つぎの(1)及び(2)のとおり、特許法第三六条に規定する要件をみたしていない。

(1) 本願発明の構成要件とする基本的な組成物につき、特許請求の範囲の記載では特定モル比のジルコン酸鉛とチタン酸鉛との二成分が記載されているだけであるが、発明の詳細な説明の記載では該二成分のみでなく第3図に示された成分も基本的な組成物である旨記載されており、両者が矛盾する点について。

本願明細書の記載によれば、本願発明の組成物における主成分の組成は、特許請求の範囲に記載されたジルコン酸鉛とチタン酸鉛とよりなる二元素の組成のみでなく、さらに、第3図において、A、B、C、D各点を結ぶ組成範囲内にあるところの錫酸鉛を一主成分とする二元系、三元系の組成も主成分の組成とするものであることは明らかである。すなわち、昭和四六年一月二九日付手続補正書による全文訂正明細書の第一頁第八ないし第九行における、第3図は本発明の主成分の組成図である旨の記載、同第四頁第八ないし第一〇行における第3図のABCD内の錫酸鉛を含むものが主成分である旨の記載、同第九頁第一四行ないし第一二頁第四行における記載、ことに、第九頁第一四ないし第一六行の「セラミツクボデー10はジルコン酸鉛と錫酸鉛の一方又は双方とチタン酸鉛の固溶体から主として成る多結晶セラミツクスである。」なる記載、第九頁第一九行ないし第一〇頁第五行の「基本的な組成物は次の三つのカテゴリーに入る(1)……(2)チタン酸鉛―錫酸鉛の二元系に属するもの。(3)ジルコン酸鉛―チタン酸鉛―錫酸鉛の三元系に属するもの。二元、三元という表現は等価成分等の添加物を無視して基本的物質に関して用いられている。」なる記載、第一〇頁第一五、六行の「上の三つのカテゴリーに入るすべての組成物は第3図の三角形により表わされる。」なる記載及び第一一頁第一四行以下における第3図のラインAB上の二元組成物、ABCDの区域の三元組成物の一成分が錫酸鉛であることの記載(PbSrO3なる記載のSrはSnの誤記と認められる)並びに第3図の示すところによれば、錫酸鉛も、本願発明の組成物における主成分となるものと認めるほかはない。したがつて、前記した本願明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、錫酸鉛をも主成分とすることは、本願発明の構成に欠くことのできない事項であるにもかかわらず、特許請求の範囲には、「65:35~40:60のモル比の固溶体のジルコン酸鉛とチタン酸鉛とから本質的に成り」と記載して、錫酸鉛をも主成分とすることについては何ら記載されていないのであるから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、本願発明の構成に欠くことのできない事項を欠除したものであつて、特許法第三六条第五項に規定する要件をみたしていないものである。

前記明細書第一〇頁第一四行以下の記載も含めて同第九頁第一四行以下には、本願発明の実施例についての記載がなされており、ここにおける記載は先行技術の説明のみの記載でないことは、同明細書第八頁第一四、一五行の、「以下に本発明の実施例を詳細に説明する」との記載により明らかであるから、右明細書第一〇頁第一四行ないし第一二頁第四行の記載を先行技術で考えられている二元組成物や三元組成物における説明をしたものであるとすることは当をえず、また、二元組成物のモル比の範囲が明細書に記載されているからといつて、これにより特許請求の範囲における前述した不備の点が解消するものではない。

なお、かりに、明細書における発明の詳細な説明と図面に記載されたところの、前記錫酸鉛をも本願発明を構成する組成物の主成分であるとする点は、特許請求の範囲に記載していない事項であるから本願発明の構成に不可欠のものとはならないものと仮定すれば、錫酸鉛は主成分としないものがその要旨であるとして特許請求の範囲に記載した本願発明につき、発明の詳細な説明においては、錫酸鉛を主成分とするものも本願発明に含まれるものであると殊更に歪曲して説明していることになり、かかる発明の詳細な説明の記載では、本願発明の実施に際し、特許請求の範囲に記載された事項、もしくはそれとは矛盾する、発明の詳細な説明に記載された事項のいずれを実施することが本願発明の実施に当るのか明らかには特定されず、ひいては、本願発明の実施を容易になすことを妨げるものというほかはない。したがつて、このように、特許請求の範囲において本願発明の構成上不可欠なものとして記載された事項につき、これを否定し矛盾した説明をする発明の詳細な説明の記載は、特許法第三六条第四項に規定するところの発明を容易に実施することができる程度に記載されたものには該当しないというべきである。

してみれば、前述の仮定をした場合を考慮しても、この点における本願明細書の記載は、所詮、特許法第三六条第四項、第五項の規定に違背するを免れない。

(2) 本願発明が、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛とのモル比を、特許請求の範囲に記載された65:35~40:60の範囲に限定した根拠が記載されていないという点について。

本願明細書の記載では、本願発明の構成に欠くことのできない事項が記載されるべき特許請求の範囲に、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛とのモル比を65:35~40:60の範囲に特定して記載してあるが、この数値が、該モル比範囲の臨界値として本願発明の構成上不可欠のものであると認めうるに足る説明は、発明の詳細な説明中には何ら記載されていないので、前記モル比範囲の臨界値として特許請求の範囲に記載された前記の数値が、本願発明の構成に欠くことのできない事項であるとは認めることができない。前記全文訂正明細書の第六頁第三ないし第六行には、前記モル比の数値範囲の詳細については米国特許第三一七九五九四号明細書参照と記載されているが、この米国特許明細書の記載は、本願発明の前記モル比の特定数値範囲については何ら記載されていないばかりでなく、これに記載されたモル比範囲は、本願発明のモル比範囲とは異なるものであつて本願発明の目的を達成しうるものではない。本願発明が、前記モル比の数値範囲を特許請求の範囲に記載してこれを発明の構成上不可欠のものとするはらば、先行技術とは異なるものとして特許出願をしている本願の発明に特有のものであるところの前記数値範囲の臨界的意義は、先行技術の理解のみによつて明らかとなるべき筋合のものではない筈であり、ましてこの臨界値の意義については、前記米国特許明細書では何ら明らかにしていない。

特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されなければならないのであるから、特許請求の範囲に記載された事項については、これが発明の構成上不可欠のものであることが発明の詳細な説明の記載によつて、当該技術分野における通常の知識を有する者に容易に認識されうるように、明らかにされるべきであり、これを本願明細書についていえば、その特許請求の範囲に記載された前記モル比の数値範囲について、これが明細書記載の目的を達成し効果を奏するために発明の構成上不可欠のものであることを明らかにするべく、その数値範囲の臨界値の意義が発明の詳細な説明において記載されていなければならないにもかかわらず、この点についての説明は本願発明には明らかに記載されてはいない。このような本願明細書の記載では、前記モル比の範囲の数値が本願発明を構成する上で真に不可欠のものであると認めるに足る根拠は見出しえず、したがつて、本願発明の構成に欠くことのできない事項であるとは認めえないところの前記モル比の数値範囲が記載されている特許請求の範囲の記載は、特許法第三六条第五項に規定する要件をみたしていないものというべきである。

なお、かりに、前記モル比の数値範囲は、特許請求の範囲に記載されている事項であるから本願発明の構成に不可欠のものであると仮定すれば、前記数値範囲の臨界的意義が発明の詳細な説明には何ら記載されていないのであるから、この明細書の記載によつて発明が公開され、これに基づいて発明を実施するに当つて、特許請求の範囲に記載されたモル比範囲の臨界数値が、明細書記載の本願発明の目的を達成しその効果を奏するために、何故に不可欠であるのか、何故にその数値が臨界値となるのか、全く明らかでなく、したがつて、本願発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が、本願明細書の記載したところに基づいて、前記モル比範囲の臨界値を本願発明の目的を達成し効果を奏するためには不可欠のものであると容易に理解して発明の実施をすることは到底困難であり、かかる本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第三六条第四項に規定するところの、発明を容易に実施することができる程度に記載されたものには該当しないというほかはない。

してみれば、前述の仮定をした場合を考慮しても、この(2)の点における本願明細書の記載は、特許法第三六条第四項、第五項の規定に違背するを免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!